台風第16号による高潮被害報告
平成16年8月30日深夜から翌31日の早朝にかけて高松市の臨海部は高潮被害を受けました。当事務所はかろうじて被害を免れましたが、関係関与先の中には被害にあわれた方も多数おられました。被害にあわれました関係関与先のみなさまには心よりお見舞いを申し上げます。今回は通常の紙面内容を変えまして、今回の当事務所の状況や高松市内の状況をご報告申し上げます。
1,高潮だ! 海水がやってきた!
今回の被害の発端は、この時期が秋の大潮の時期に当たり1年でもっとも潮が高くなる時期であった事、また台風16号が高松港の満潮(30日2359分)と重なり気圧が通常より低いほぼ980ヘクトパスカル程度であったことで、高松港の検潮所では通常より1メートル高い2.46メートルを記録していた。元々高松周辺は2メートルの高潮を想定して岸壁等作られていた訳なので、今回は想定外ということで海水が怒濤のごとく押し寄せてきたわけである。
当事務所のある高松市東部にある木太町は、元々江戸時代初期に干拓されるまでは遠の海であり、詰田川の河口部から2キロも離れておらず、しかも讃岐特有の短い河川で通常はほど流れてなく、オマケに防潮堤はなく潮の干満で海水の入り放題である。
さて30日23時前後にかえるが池に飛び込むごとくポチャンという音がした。ちなみに当事務所は自宅兼用であり、庭には池などないので何かの聞き間違えだろうと思った。そしてHHKのホームページをみると対岸の宇野港の高潮被害の写真があり、もう少し見ていたら高松市の臨海部に避難勧告が出ているではないか!
慌てて家族を起こしテレビをつけ、トイレへ行って水を流したところいつもより水面が高いような気がした。そしてもう一回流してみると逆流して2倍以上になってかえってきた。そうするうちに下水から今にも逆流しそうな音がしてきた。んっ? 何か変だ・・・時計は31日午前0時頃、玄関をそぉっと開けたところ表の道に大量の水があるではないか・・・。
道理で消防のサイレンが鳴りまくっているわけだ。ちなみに公道より当事務所は若干高いのだが、それでも水は流れ込んでおり車庫の車のタイヤをみたら3センチ程度浸かっていたが、まだ大丈夫であった。長靴を履いて表の公道へ出てみたら長靴の半分程度浸かる状態。裏には用水路があるので2階ベランダから懐中電灯を照らしてみると、お見事といいたいぐらいの浸水状況であったが、こちらからの浸水も免れている模様であった。水は磯の香りがほのかにするので海水であった。
そこで状況によっては、車はいかんともしがたいがパソコンなどの事務所機器や備品 家財道具など2階にあげる必要もあるので、寝ずの番となる。ちなみに電気 電話回線 水道 ガスなどライフラインはまだ使用できる状態であった。
まずインターネットで気象庁 NHKのホームページ そして香川県防災情報(http://www.pref.kagawa.jp/bosai/index.html 香川県HP内)で水位情報と潮位情報を見ながら、かつ時々周囲を監視することとなった。少し水面が上がってきたが、やがて水面が下がりだし午前4時頃になると表の公道から海水が引いており、2階ベランダからの状況は大分海水が引いていた。
そして午前5時になって周辺状況確認と称して、長靴を履いて自転車で出発した。旧国道11号線まで400メートルほどあるが、そこまで行くのに一部まだ海水が引いてないところがあって、無理矢理通ってみると自転車の車輪の3分の1は水没した。そして旧11号線から西(市街地の方)へ行ってみると、すでに海水が引いており車道も歩道も正常に走れた。花園町交差点から西の方も正常に走れそうであった。ここから引き返し上福岡町の玉藻中学校東側交差点から北方向へ行ってみた。ここで係員(警官ではないが県職員?)が車の通行を制止していた。そうすると多賀橋を渡ったあたりから北側は一面の浸水状況で、国道11号線(高松北バイパス)交差点に来るとますます状況は悪くなる。それ以西は見える範囲水没状態
である。ことでん(高松琴平電気鉄道)志度線の軌道は水没しており、それ以北の松福町方面に行くのは水没程度がひどい状態で深そうなのでここで東方面に戻ることにした。ここも御坊川の橋の部分は高いので水没していなかったが、それ以外は完全水没状態。そして高松市旧清掃工場前の交差点では、今通った道及び以北の臨海部へは車は完全通行止めにしていた。
それからしばらく東へ行き、旧11号線方面に南下する。この間は一部の区間の水没に留まっていた。
事務所に帰って家族に状況報告し、そのころには下水もトイレも普段通り使用でき正常になっていた。この時点でJR四国・高徳線は運転見合わせ中であり、ことでんは志度線は浸水のため全線運休 琴平線・長尾線は高松築港・瓦町間がやはり浸水のため運休でそれぞれ瓦町から琴電琴平・長尾への折り返し運転であった。そして私は小休止して一眠りするのである。
2,31日の状況
そうして午前11時に再び行動開始する。 まず避難勧告地域やその周辺の関与先に出前に電話をしてみる。そうすると電話反応があり海水が流れてきたけど、幸い床上浸水は免れていて正常に機能しているとか、何ともなかった所ばかりだったので、まずは一安心。ここである関与先の事務員曰く「自宅から車で通常10分のところ2時間かかった。」という話もあったので、市街地への用事へは車ではなくやはり自転車を使うこととなる。
そして事務所を出発して所用の行き帰りの高松市内瓦町から東の地域の状況(概ね15時から16時前後)は、行きの旧11号線の東西両方向はものすごい渋滞で流れがいつも以上に悪いようだ。また瓦町東側の塩上町近辺のことでん志度線の踏切をみてみると警報機が故障中。また志度線が運休中なので瓦町駅志度線側駅舎から電車代行バスが停車中であり、付近にはことでんバスや徳島西部交通(ことでん系列)の観光バスが5台程度待機中であった。そして国道11号線(高松北バイパス)の塩屋町交差点から東の方向に走ってみると、ここもいかんせん車の流れがなお一層悪い。それもそのはず一部の区間では道ばたにまだ浸水が残っていて、片側2車線の道が片側1車線規制していたり、2車線あるところなのに一斉に片方面通行規制(車両通行止め)をしているからだ。高松中央高校東側の交差点から以北は志度線の踏切より北側はまだ相当の深さで浸水中で、長靴でも履かない限り行くのもはばかれる状態。また早朝行ったことでん志度線松島二丁目東側の交差点から以北の松福町や松島町方面もいまだ相当の浸水中で、ことでん志度線の線路もいたって浸水で不通状態であった。
線路はめっきりさびが回っているし警報機も故障中である。国道11号線の歩道はいたって普通に走れる状態なのだが、思わないところからやはり磯の香りが漂ってくる。ここで総合してみると各市内を南北する道はまだしも車の流れはいいが、東西を結ぶ道は最悪の極みであるということである。
事務所に帰ってからJR四国とことでんのホームページをみると、JR四国高徳線 ことでん高松築港・瓦町間はお昼過ぎから復旧していた。
3,9月1日の状況
月初めで月末ためていた社会保険事務所や職安関係の書類を提出するために、事務所を出発する。きょうも自転車を利用する。駐車場の心配なく走れるので、郊外にそのまま行かないとか天候の悪いときには非常に便利なので実は日常から自転車を使っている。高松職安は栗林公園の南にあるので、今回の高潮被害とは無関係の地域である。次に塩上町にある高松東社会保険事務所は、やはり海水がやってきたのだが、ここもフロアーが公道より高いこともあって床上浸水は免れ正常通りの業務を行っていた。
今度はJR高松駅に近い錦町にある高松西社会保険事務所は状況は一変する。ここは床上浸水してしまい、目下1階は空っぽで大規模な復旧改装工事中状態であり、1階入り口には案内の張り紙と案内する係員を配置していた。通常は健康保険関係窓口
年金相談 業務課は1階にあるのだが、窓口業務は健康保険関係窓口が2階の徴収課と国民年金課のスペースの間借りで、年金相談はシステムが使えないため個人情報検索ができないため休止中で、高松東社会保険事務所への案内となっていた。それで担当官に状況を聞いてみると今週いっぱいは1階のシステムが使えないため、通常より遅れが相当出るとのこと。年金手帳は2階の国民年金課のシステム端末で発行できるが、健康保険証発行端末は1階(業務課)しか設置してないため一切の発行が不可能状態である。
用向きを終えてちょっと回り道をしてJR高松駅から寿町界隈を走ってみると、コンビニや飲食店は復旧作業中で休業状態、兵庫町 片原町商店街はこの時点では通行に支障はないが店舗の半分はまだ休業状態。片原町商店街東端から福岡町東の方にある高松市体育館までは通常車線の広い2車線対向の歩道付きの道なのだが、この時点では海水が完全に引いていた。しかし浸水後の後始末の真っ最中で、家庭や事業所から出る膨大なゴミの山で歩道はほとんど封鎖状態、また車道も浸水して動かない車が両側に並んでおり、車はそんなにないはずなのだが流れは最悪状態であった。路上は海の流れものや訳の分からないゴミで、いつ自転車や車のタイヤがパンクしてもおかしくない状態である。事実この地区が浸水の
ひどかった地域で、80すぎの一人暮らしの老人が亡くなっている。 高松市体育館前交差点から南へ下る途中、ことでん志度線沖松島駅の横の踏切を通ってみると一応復旧していた(事実お昼過ぎには全面復旧し運転再開となっていた)。そして途中陸上自衛隊のジープが通っていたのをみつけた。大抵バンパー全面に部隊名略号があるので、見てみたら善通寺(香川県)第2混成団・第15普通科(歩兵)連隊所属であった。
そして国道11号線に戻り、詰田川橋から北を眺めるとさぬき浜街道は正常通り機能しているように見えた。